高齢化が進む現代の日本では、相続に関する問題の中で認知症によって起こるトラブルも増えてきています。親や兄弟などの親族が認知症となってしまった場合、相続や遺産分割を進めるうえで、どのような影響があるのでしょうか。
ここでは、認知症の影響が相続手続きを困難にする理由や影響の大きさ、成年後見人制度の概要などについて解説しています。遺産相続に関わる親族が認知症になってしまった場合の解決方法についても紹介していますので、相続対策について検討する際にお役立てください。
認知症のある親族が相続上でトラブルとなる事例
親族のどんな立場にある人が認知症となるかによって、想定されるトラブルはことなります。以下に、一般的な事例として親族に認知症が判明した場合のケースをいくつか見てみましょう。
父親が亡くなり、母親が認知症となったケース
相続において、相続税は基礎控除内であれば非課税となります。特に被相続人の配偶者控除は大きく、相続対象となる財産の合計額が最大で1億6千万円、または配偶者の法定相続分までは、配偶者に相続税はかかりません。
この制度を利用して、父親が亡くなった場合に配偶者である母親の相続分を最大にして遺産分割した場合、後で母親が認知症になった際トラブルとなることがあるのです。
たとえば、遺産の大部分を自宅と所有する不動産で占めていた場合、配偶者である母親の名義となっている不動産については、認知症になった後では売却や賃貸契約を結ぶことができなくなってしまいます。
認知症の程度が重く、施設などへの入所が必要となった場合に自宅を処分することもできず、母親から相続を受けるまで管理を続けなければなりません。
また、父親が亡くなった時点で母親が既に認知症となっていた場合、遺産分割協議を進めることが困難となります。遺産分割協議は意思決定が可能なすべての法定相続人の同意が必要となるため、認知症のある母親は参加することができないのです。結果として、父親名義の口座にある預金の凍結解除ができないのはもちろん、不動産の処分や賃貸といった現金化もできなくなってしまいます。
親が亡くなり、相続人である兄弟が認知症となったケース
親が亡くなった際に法定相続人が遺産分割協議をおこなう場合、配偶者が元気であっても、長男や長女に認知症が発生しているケースもあります。この場合も遺産分割協議が進まないため、相続手続きは難航します。生前贈与で不動産などを長男の名義にしていた場合も、本人でなければ売却や処分の手続きができないため、葬儀費用や相続税の費用が作れないケースもあるのです。
相続対策の途中で認知症となったケース
相続対策として、本人が生前の間に遺言書を作成しようとしていたり、生前贈与の準備をおこなったりしていても、手続きが完了する前に認知症となってしまい、相続対策がかなわなくなるケースもあります。
相続が発生してからの遺産分割に影響がなかったとしても、認知症となって長期間施設へ入所する必要がある場合など、施設の入所費用や居住していた住宅や不動産の処分ができずに困ってしまうこともあるでしょう。
遺言書の形では残っていなくても、口約束などで本人の意向を事前に聞いていた親族がいた場合、法定相続分とはことなる割合であれば、相続争いなどのトラブルに発展する可能性もあります。
認知症はいつ発症するか、どの程度早く進行するかといった点が予想しにくいものです。特に高齢化社会では、親よりも子どもが先に認知症となってしまうケースも珍しくないため、相続対策において認知症が及ぼす影響は大きくなります。
認知症にともなう成年後見制度のメリット・デメリット
相続に関わる親族が認知症となってしまった場合でも、遺産分割協議や不動産の処分を進められる方法があります。成年後見制度(法定後見制度)と呼ばれる制度を利用することで、相続手続きを進めることができるのです。
成年後見制度とは
成年後見制度とは、認知症や知的障害など、正常な意思決定や判断能力がないとみなされる人に対して後見人を立て、後見人が代理となって手続きできる制度のことです。
ただし、成年後見制度の利用には以下のようなメリットとデメリットが存在します。
成年後見人制度のメリット
成年後見人制度を利用することで遺産分割協議ができるようになるため、滞っていた相続手続きを完了させることができます。葬儀や相続税、認知症に伴う施設入所費用や自宅の売却手続きなども、後見人が代理でおこなえるため、費用を捻出するために借金したり、相続人の財産を減らしたりせずに済むでしょう。
成年後見制度のデメリット
成年後見制度を利用するには、裁判所で後見人として認められる必要があります。後見人には、多くの場合弁護士などの専門家が立てられるため、親族は後見人になることができないケースもあるのです。裁判所のデータによると、後見人として認められた人のうち、およそ7割が専門家であるという結果が出ています。
専門家が後見人となった場合、親族同士であれば柔軟に協議できる内容について同意が得られないケースも出てくるでしょう。たとえば、長男が認知症となった場合に次男や長女が不動産を相続し、管理しようと考えていても、法定相続分を超えた遺産分割に同意してもらえない可能性があります。
生前贈与で受けた不動産の所有権についても、後に親族が認知症となり、変更した名義を元に戻すよう依頼してくる、といった事例もあるようです。
また、成年後見人に専門家を指定した場合、後見人を続けてもらう間は、月に数万円程度の報酬を支払う必要があります。
認知症の状態が長期間続く場合には、報酬の支払いも同じ期間発生するため、費用の捻出に困るケースもあるでしょう。
認知症の親族がいても相続トラブルを解決できる方法
認知症の親族がいても相続トラブルを解決して、スムーズに相続対策を取るためには、以下のような方法があります。
遺言書の作成
財産を所有している親族に、できるだけ早い段階で遺言書を作成してもらう方法です。公正証書として残すことにより、遺言書の法的な効力はより高まります。
自筆による遺言書であっても有効とすることはできますが、記載もれや表記間違いなどがあれば、無効となってしまう可能性もあるでしょう。
また、作成後に内容を変更したい場合に手続きが面倒となるデメリットもあります。
家族信託制度の利用
遺言書や生前贈与など、遺産分割についてどのように決定するべきかわからない場合、家族信託制度の利用がおすすめです。
家族信託とは、所有している財産について、売却や処分といった権利を特定の家族へ委託できる制度をさします。
権利を託すだけなので、分割方法について確定していなくても利用することができるうえ、相続が発生していなくても、認知症になった時点で利用することも可能です。
家族信託では、こうした信託業務について信託銀行を利用せず、家族間でおこなうことができます。
家族信託や認知症に関する相談は税理士事務所の窓口へ
認知症に関わる相続の問題や効力のある遺言書の作成、家族信託の手続きには、合わせて節税対策も取れる税理士へ相談するのがおすすめです。信頼できる税理士かどうかの判断には、相続の取り扱いに対応している税理士事務所の無料相談窓口などを利用するとよいでしょう。
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